その95       余市神社とお祭り

 余市神社のお祭りは6月9日から11日までの3日間です。余市神社の起源は古く、安永2(1774)年、松前平角(ばっかく)という松前藩士が上ノ国の漁民83名を率いて、山碓(やまうす)町(現在の港町)に来て漁場を開発したころと伝わります。その平角が、日ごろ信心していた伏見稲荷をシリパ岬の麓に勧請(かんじょう。分霊を他の神社に移して祭ること)して氏神様としたものが山碓稲荷の始まりでした。その後、文政年間(1818〜1829)にヨイチ場所を請け負った商人林長左衛門によって、伏見稲荷が下ヨイチ運上家敷地内のモイレ神社に勧請されました。また、浜中町の湯殿山麓(ヌッチ川河口右岸近く)にも稲荷神社が祭られていたという記録も見えます。その湯殿山下の神社は明治8(1875)年に国により郷社(神社の分類のうちのひとつ)に格付けされ、同16年2月に現在位置に移転しました。同43年6月には山碓稲荷が合祀(ごうし。一緒に祭ること)され、翌44年7月には円山中腹にあった琴平神社も合祀、同年9月には余市神社と改称されました。大正12(1923)年5月には社殿が新たに完成し、翌13年9月に県社に格付けされました(『余市郷土誌』ほか)。
 明治に入ると市街地が拡大し、人口が増えます。明治20年代の稲荷神社のお祭りの華やかな様子が描かれた錦絵、「北海道後志国余市郡余市稲荷大祭式之図」がのこっています(図)。その中央には人の背丈の5、6倍もの高さの山車(だし)が見えます。それを曳く若衆が着る半てんの背には、ヤマジョウ(林家)、ヤマニ(福原家)、ヒダリカネタマ(中村家)などといったニシンの親方の屋号(シルシ)が見えます。それに続くのは大恵比寿の旗がはためき、ふたつのキツネの像に大きなクジラが乗った山車です。大きな山車はその他にも5つも連なり、いかに賑やかなお祭りだったかが極彩色の構図から伝わります。その山車行列は大正初め頃まで続けられ、その後はお神輿に替わりました。
 時代は下って、昭和30〜40年代のお祭りの出店は今よりも多く、余市神社参道下の国道229号線から旧梅川にかかる橋までの道、国道229号線の旧マルニ中村文具店の交差点(沢町2丁目、富沢町5丁目)から沢町小学校前の道路に向けた小路、余市橋からニッカウヰスキーまでの道、国道5号線の海側の大川3丁目から5丁目の道、大川十字街より南側では国道5号線と並行して中央公園までの道にもお店が連なりました。
 また、現在の消防署の付近(年によっては旧協会病院跡地)には、キグレサーカスの大きなテントもやってきてたくさんのお客さんで賑わいました。
 雨が多いといわれるお祭りですが、今年は晴れるといいですね。



 北海道後志国余市郡 余市稲荷大祭式之図




写真 図と同様の山車(時期不明、町内個人蔵)