その90       昭和の新年

 新年明けましておめでとうございます。昭和34年、同44年の広報1月号から、懐かしさや珍しさを感じる記事をひろってみました。
〈昭和34年〉年頭のご挨拶は坂本町長です。前年の余市橋架け替えや小学校の増築工事が完成したことへのお礼を述べられています。この年の元日からメートル法が施行されました。それまでは尺貫法(1尺=約30cm、1貫=3.75kg)でしたが、この日からはすべての商取引や公の証明は全てメートルやキログラム単位でされなければならず、違反者には罰則、罰金が適用されるとあります。ただし書きがあって、土地や建物の計量、航空機の運航、武器の製造修理に関することは実施が延期されました。しかし、当時の新聞記事を見ると、小売の現場でグラムやキロ表示にすぐにうつるのは難しかったようで、「一山(ひとやま)」や「一皿(ひとさら)」でしのいだお店があったそうです。 
 成人式のお知らせも見えます。式は1月15日、東中学校の屋内運動場を会場として行われる予定で、出席者は430人を見込んでいました(今年は150人の見込みです)。
 この年の広報は「余市町区会だより」という名称で配られていました。「区会だより」の名称は、昭和31年3月号から同34年3月号までの4年間の間、使われていました。「区会だより」第1号巻頭にある「区会だより発刊に當(あた)り」を読むと、30年代初頭は町内の各区会が発足し始めたばかりの頃だったので区会とは何かという疑問が多くの町民にあること、また区会には、役場からのお知らせや町民からの要望を双方向に伝える組織として期待が寄せられていたことが読みとれます。区会は「町づくりをする町民運動の母体」ととらえられていたようです。ちなみに、昭和20年代末の広報では、町内会という言葉が使われています。少し後の昭和30年の地番改正の準備作業中から「区会」の文字が見えはじめ、翌年2月末には栄町から豊浜町まで、町内全域で38の区会が出来ました。
 「お餅の美味しい食べ方」も紹介されています。ひとつは「鍋焼雑煮」、もうひとつは「りんご雑煮」です。後者は牛乳1本、砂糖、片栗粉で「牛乳あん」を作って、そこにすりおろしたリンゴをかき混ぜてあわせます。焼いた餅かゆでた餅にたっぷりかけると、子どもに喜ばれるおやつになります。
〈昭和44年〉「広報よいち」1月号、年頭のご挨拶は海野町長です。町の開基百年、北海道開道百年記念事業が同じ年にあたり、開道記念事業として前年にたくさんの事業が実施されたことへの感謝の言葉が述べられています。たとえば水産博物館建設、町内2路線の舗装化、運動公園整備、シリパ国設スキー場のジャンプ台建設、サケ稚魚の余市川初放流、し尿処理施設の建設着手などが挙げられています。
 「今年の除雪計画」は1ページを割いてのお知らせです。通常時の除雪路線の総延長はおよそ100km、午前3時頃から除雪作業が開始されるので、路上へ自動車や空き箱を放置しないことへのお願いが見えます。路上駐車の自動車には、警察署長と町長の連名で赤い色の「注意札」をつけられること、この札が何度もはられると検挙されるので注意してほしいことが書かれています。


図 路上駐車禁止のイラスト
 (広報よいち 昭和44年1月号)