その50   余市町の伝説〜『余市新聞』〜の巻

 昭和5(1930)年9月に発行がはじまった余市新聞(発行当初は余市商工新聞)は、毎週日曜日に発行されていました。
 今回は昭和9年8月12日から連載された「水郷余市の景勝と風趣」から余市町の海岸線にまつわる伝説をいくつか紹介します。
 この連載記事の筆者は玄津学人こと山岸礼三氏で、大川町に開業していた山岸医院の院長であり、余市郷土研究会の会長でもありました。
 氏が友人2人と大某網漁の船に同乗して網起こしを手伝ったあと、そこで働いていた少年と磯船を借りてクヮチャライシ(余市町要図5万分の1に見える地名、シリパ岬と歌越の間)に向けて漕ぎ出すところから記事は始まります。
 「クア チヤラスと熊飛岩」
 幾千年かの大昔、年老いた神様が山頂から滑って降りてきました。その時右手に杖を持って左のわきの下にそえて滑ったので、岩を崩しながら滑った杖の後が今も残っていて「クア(杖)チヤラス(崩れる)」という地名になったのだそうです。(「クワエチャラセ(杖で滑る)」『萱野茂のアイヌ語辞典』)
 熊飛岩はその近く、20メ−トル弱ほど岸から離れた海面にある「小鯨の背」のような岩です。岩の南側には普通の男性(成人?)の2倍もあるような足跡が、左右のかかとを揃えた格好でありました。またその1メートルほど離れたところには長さ約60センチ、幅30センチ、深さ15センチもある熊の足跡が二つあって、一つは海面よりも上に、もう一つは水の中に見えるのだそうです。熊が岩に弾みをつけて飛んだ足跡のように見える穴がその岩にあったのでしょうか。
 


写真:神姿岩(『余市新聞』
昭和9年8月26日)
 周囲の海岸線は頻繁に崖が崩れる危険なところでしたが、その海岸の洞窟のひとつに「鬼」と呼ばれた男性が住んでいたと、山岸さんに同行した友人が語っています。
 「カムイ ワッカ 神の水」
 クヮチャライシの山頂から滑り降りてきた年老いた神様がある時、浜に立っていました。漁師さん達はその姿を見て、この海岸線に飲み水がないことを訴えました。すると神様の姿がこつ然と消えて、山の中腹にまた現れました。神様は持っていた杖で崖の上のほうを示しました。するとそこから水が湧き出てみるみるうちに大きな滝になりました。やがて時がたち、その滝の近くの海中ににょっきりと立っている岩の形が、年老いた神様の姿に似ていると誰彼となく言うようになり、その岩は神姿岩と呼ばれるようになりました。(写真)
 その滝は記事が書かれた頃にはまだあって、とてもおいしい水だったそうです。