その35 余市町のお菓子屋さん
 「その頃のお菓子にどんなのがありましたか。」「げんこつ、一銭パン、らくがん、せんべい、ようかん、あめ玉。」「懐かしいものに、しょうがの砂糖漬、こんぺい糖、〜少し高級なものでまんじゅう、六方焼、きんつば、すあま・・・」(『月刊郷土誌よいち』)
 今から60年ほど前、町内のお菓子職人さん5名が集まった「お菓子屋さん座談会」からひろってみました。以下にもう少し。「町内に昔あったお店ではどんなのがありましたか。」「黒川町で山本さん、江田さん、大川町で香川さん、岩田さん、岡田さんがありました。」
 「大川橋のところに田中さんという店もありました。ガラス箱に入れて鐘を鳴らして売りに来ましたね。」
 ポケット物と呼ばれていたキャラメル、チョコレートが出始めた大正時代の初め頃は、それらが高級品として人気が出ました。子どもだけでなく大人もキャンディーの箱を乗馬ズボンのポケットに入れて得意になっていたそうです。
写真:余市銘菓ウイスキー最中のラベル
(右が昔のもの、左が今のもの)
 昭和20年代、余市のお菓子屋さんの技術は大変高く、岩内や倶知安のそれをはるかに超えて小樽に次ぐものという自負を持っていました。
 昭和43年、第17回全国菓子大博覧会で余市の最中が金賞を受賞し、座談会での「自負」が証明されることとなりました。
 座談会では余市名産のお菓子を望む声があがりました。
 ひとりはリンゴゼリーを研究中で、さらにひとりはせんべい屋さんとデザインを工夫したものを思案中でした。
 司会から、名物を売り出すには全部のお菓子屋さんがいっせいにひとつのお菓子を売り出すこと、そのお菓子を町を挙げて応援することが提案されました。
 その提案はウイスキー最中で実現します。昭和30年代末から町内のお菓子屋さんで発売されていたその最中は、昭和60年以降、余市菓子商工業組合が権利を譲り受けて、共同で発売します。今も見られるラベルは、ウイスキーのボトルを抱くかわいい熊で(余市駅前の噴水と同じデザインです)白い包装紙ですが、昔はニッカのひげのおじさん(ローリー卿)が透明の包装フィルムにあしらわれて、ミニチュアのウイスキーボトルのようでした。