その29 余市銀行
 明治27(1894)年、余市に銀行が創設されました。
 明治26年に銀行に関する法律が整った以降、全国各地に普通銀行が増え、余市でも銀行設立の機運が盛り上がります。設立に乗り出したのは地元漁家を中心にした人々で、林長左衛門、猪俣安之丞、福原才七、中村源兵衛、渡辺良造らでした。
 同26年10月30日に銀行発起願が大蔵大臣へ提出され、設立総会や登記を経て、翌27年3月15日に余市郡浜中町64番地(旧番地)において余市銀行の営業が開始されました。その設立趣旨は、銀行の営業で得た純益金の全てを積み立てて、赤井川の山林原野約650万坪の開墾に充てようとするもので、漁業資金の供給が主な業務内容でした。発起人の林氏、猪俣氏、渡辺氏らが取締役となり(『余市町郷土誌』によると頭取は猪俣氏)、福原氏、中村氏が監査役になりました。また赤井川開墾の指導役を期待されたのか、余市郡大江村(現仁木町大江)で開拓の指導にあたった粟屋貞一も監査役として抜擢されました。


「旧北海道銀行発祥の家屋」
(余市商工鉱業発達史より)
 赤井川の開墾は、同行設立後すぐに始まりました。まず、27年に200万坪の官有林が、翌28年には143万坪が貸下げられ、入植者が開墾にあたり、30年には銀行の所在地に余市開墾株式会社が設立されました。開墾は順調に滑り出し、これが赤井川村開拓の発端となりました。同社は未開地の開墾を主な目的としたが、それと同時に漁業用木材の入手も容易になりました。
 余市銀行は28年には小樽と岩内に支店を設け、30年には小樽に本店が移されて小樽銀行と改称、資本金も10万円から50万円へ増資、18名だった株主も281名に急増します。この年には古平にも支店を置きました。39年には北海道商業銀行と合併し北海道銀行となり(現在の北海道銀行とは別の銀行)、同行は道内で筆頭の普通銀行となりました。
 平成9年に経営破たんした北海道拓殖銀行は、北海道開発を目的とした北海道拓殖銀行法に基づいて明治33年に設立された特殊銀行でしたが、昭和の初めから普通銀行との合併を進め、北海道銀行も昭和19(1944)年には拓銀に合併されました。
 地元に密着した地場銀行としてスタートした余市銀行は、明治の時代の中で小樽銀行、北海道銀行と名称を変えながら、近代的な商業銀行へと脱皮をしながら成長を続けました。