−その25− 北大余市果樹園
 山田町にある北海道大学付属余市果樹園(以下、余市果樹園)は、大正元(1912)年、東北帝国大学農科大学(北海道大学の前身)により、果樹栽培の研究と教育を行なうことを目的として設立されました。現在は北大北方生物圏フィールド科学センター耕地圏ステーションの、果樹園芸に関する研究農場に位置付けられています。その誘致にあたっては地元山田町の高山吉五郎氏が有志とともに用地の獲得に尽力しました。
 『郷土研究bR りんごさむらい』によると、明治30年代後半にリンゴの病虫害が発生したとき、高山氏は後述する北大星野博士らの研究を助け、また自らのリンゴ栽培にもその技術を応用したことが述べられており、同氏らによる余市果樹園の誘致は、その後も続いた病虫害対策の必要を「痛感」したことによるものでした。また同著中には、星野勇三博士や樋口力蔵氏らによる熱心な指導があったことも述べられています。なかでも余市果樹園にあって日常の指導にあたられた樋口力蔵氏は、自ら青森に赴いて学んだより丈夫なリンゴ剪定(せんてい) の方法を指導するために、見本となる木の又を風呂敷に包んで果樹園を巡回されたり、霜の降りる恐れがある夜には自転車にまたがって燻(くん)煙(えん)を勧めるラッパを吹いて巡回されたそうです。
 
余市果樹園で行われた農業技術の講習会を伝える新聞
                        (昭和35年)
 『余市農業発達史』によれば、大正7年には薬剤散布を効果的に行なうための薬剤散布暦が星野博士により考案されました。同9年9月30日には第一回果樹栽培実地講習会が余市町で開催され、余市果樹園と佐藤果樹園(2ヵ所)が会場となりました。当日は風雨の激しいあいにくの天候となりましたが、地元余市町や空知、上川からの参加者70余名は、ぬかるんで「膝を没する悪路の中」、星野博士の実地指導を聞いて歩いたそうです。
 この講習会に中富良野町から参加した高橋近直氏の感想が残されています。
 同氏は余市到着後、会場へ向かう途中のリンゴが病虫害のためにやせて梨のようだったのを見て落胆しましたが、余市果樹園の青々とした木々と真っ赤な果実が延々と続く様子を見たこと、また薬剤の使用区と未使用区がまるで「病者と健康者」のように目に写ったことなどを記し、こうした講習会が当時は本州では行なわれておらず、研究の実践地余市町で星野博士らによる熱意ある指導を受けることが出来た充実感を感激とともに述べています。