その132  モイレ城閣  

 昭和42(1967)年9月25日にモイレ城閣がモイレ山山頂にオープンしました。
 この10年以上前の同30年11月、公民館が会場になって、余市地方商工会議所主催の余市温泉開発懇談会が開催され、町内の茂入、栄町、白岩町、豊浜町の4か所が温泉として有望視されていることの報告がされました。  地下調査の結果はフゴッペ川上流が最も有望視されていて、後に温泉施設が出来ました(余市町でおこったこんな話 その31)。
 同38年、余市商工会議所が先頭に立って設立された振興公社は、同40年度にモイレ山頂上までの道路を建設する計画を立てて、それにかかる経費として300万円を町に寄付、道路工事には自衛隊の協力を仰ぎました。同40年4月、倶知安の第二十九連隊の鈴木連隊長さんらが現地を視察して工事の計画をたてました。それとは別に道路予定地の8戸19世帯の家屋移転工事も同年7月に開始されました。
 道路工事は同年9月、真駒内の第十一師団施設大隊の大型ブルドーザー4台、ダンプカー5台を投入してはじまりました。工期は10月はじめまでを予定して、38人の隊員によって続けられました。
 幅9m、延長395mの道路は結局10月3日に完成、同時に頂上に3千坪の平坦地が出来ました。 この広場に観光ホテルを誘致することとなり、モイレ山麓の海岸のボーリング調査が実施されました。200mほど掘削したところで、温度は27度と低いものの毎分60ℓの量のお湯が湧きだしました。これを1升びん2本に詰めて北海道庁の出先機関に見てもらったところ、温泉成分が含まれているとの回答を受け取りました。
 これに喜んだ関係者は観光ホテルの誘致運動を開始し、余市町長と余市地方振興公社が先頭に立ったかたちで、名鉄観光や東急観光など札幌市内の企業に働きかけ、そのうちの1社、札幌市内に山水閣、小樽市祝津に天望閣を経営する布施観光との間で具体的な交渉がされました。交渉の結果、温泉源泉とモイレ山頂上の平坦地3千坪が余市地方開発公社から提供され、ホテル開業に向けた準備が始まります。
 ホテルは総工費2億5千万の予算で、3月に大成建設により着工されて8月に完成、モイレ城閣と命名されました。開業当時は175畳の大広間が「売り」で、落成祝賀会には国会議員や北海道知事をはじめとした680名が集まって盛大に行われました。関係者の観光開発の夢が実った瞬間でした。この頃の余市町の観光パンフはモイレ城閣を余市温泉と命名して、「磯の香り漂う温泉のニューフェース、余市温泉は絶好の行楽地です。全道一の岩風呂、りんご風呂、昆布風呂が人気です」と売り出しています。
 その後、ホテルの経営は布施観光から経営がかわり、名前もホテルニューモイレ城閣となりました。
 ニューモイレ城閣のパンフレットには「健康と美容の人工ラジウム温泉」、「見ながら唄える最新式LDカラオケ設置」の文字が躍っています。電話番号は22局の4115(ヨイトコ)でした。
 
▲写真:モイレ城閣(観光パンフレットより)