その110      北大果樹園での天皇   
 昭和天皇が昭和29(1954)年8月に北海道内を巡幸され、余市町をご訪問されたことは「余市町でおこったこんな話 その82」で紹介しました。
 当時の週刊誌や新聞は、別冊で行幸の特集雑誌を刊行しました。例えば『サンデー毎日』は、「天皇皇后北海道御巡行特集」を、北海道新聞社は「天皇と北海道 第九回国体御臨席記念グラフ」を発行しました。それらを見ると、水産試験場内の水族館をご覧になる様子や、北大余市果樹園でリンゴの大木に興味をもたれたことなどが写真とともに紹介されています。
北大余市果樹園へは同年8月21日の午前11時30分ころに「御召車」で到着し、たくさんの町民が日の丸の小旗をふってお迎えしました。北大の島学長(当時、以下同)のご先導、蛎内農学部長の随行のもと、テント張りの奉迎所(天皇をお迎えするところ)に天皇皇后のお二人が到着しました。はじめに長尾農場長が果樹園の概要を説明する奏上文の読み上げを行い、続いて澤田教授によるリンゴの説明とともに旭、紅玉など75品種をご覧になりました(『北海道大学農学部園芸学教室創立100周年記念誌』)。
北大余市果樹園主任だった方の回想が前掲書にあります。「天皇陛下お出での8月は(リンゴの)病虫害の発生が多く、特にダニの発生と旱魃(かんばつ)による早期落葉に注意し、その対策に当たりました。その外、果樹園内外の清掃など少ない職員での準備で、6月より休日返上で任務に当った事が、今も懐かしく思い出されます。」
天皇を先導した島学長は北大園芸学講座の二代目の教授で、リンゴの生産者が口をそろえて「リンゴの神様」と呼ぶほどの方でした。また澤田教授は、島教授の跡を継いで北大余市果樹園でリンゴの研究をされた方でした。この天皇のご訪問は、北大余市果樹園で行われたリンゴ研究の成果をご説明する、栄えある機会となりました。天皇は袋かけをしない栽培法や病害虫防除について「御聴取」され、樹齢が50年ほどたったリンゴの木で、接ぎ木をしたものとしないものとの比較実験に興味を示されました。この接ぎ木の方法は「橋接(はしつぎ)法」と呼ばれ、病気になった幹の部分をう回させるために細い枝を差し込んで、その細い枝を通して養分を行き渡らせることで樹木を延命させる方法でした(下図)。
果樹園での滞在中、皇后陛下の視線の先には早生リンゴの紅魁(べにさきがけ)の赤くなった実がありました。それに気づいた澤田教授が、「一つお取りになっては」と申し上げると、天皇陛下が「いただきなさい」と皇后に促されました。澤田教授が上の方の枝を引き下げて、一番赤く色づいている実をお手元に届くようにして、もいで頂いたというエピソードものこっています。こうして滞在予定の20分はあっという間に過ぎてしまい、おつきの人達がはらはらしていたそうです。

 
 
  図 橋接法を天皇へ説明した際に使われた図(北海道大学、八鍬教授の書かれたもの)