−その7− 「余市川のシシャモ?屋形船?」の巻
 前号では昭和30年代に町内の観光拠点のひとつとなったアユ場公園とアユの放流について紹介しました。余市名産のアユは関係者の努力により現在に至っています。アユの他にも過去には、太平洋岸の鵡川名産として知られるシシャモ、同じく太平洋岸でとれる鮭科の高級魚マスノスケやシジミの放流が余市川で試みられたことがあります。 
 シシャモのふ化は昭和39年1月と11月に余市郡漁協が道の調査機関に依頼し、日高地方から持ち込まれた数百万粒の卵を使ってあゆ見橋付近でふ化が試みられました。これはサハリンの西海岸にもそ上していたという記録が文献から発見されたことと、余市川の水温と水質がシシャモのふ化が可能な状態であるとの調査結果が出されたことから行われた試みでした。同年中にはふ化に成功したとする報道もされましたが、事業化には至りませんでした。 
 マスノスケは、太平洋岸の渡島、日高、釧路地方で初夏に漁獲のあるものですが、昭和44年に日本海側初の試みとして、60万尾の稚魚が大江橋付近から放流されました。それまでおこなわれて軌道に乗ったサケの稚魚の放流を発展させたかたちで行われたものでした。
 余市川の観光面での試みとしては、昭和40年に屋形船による遊覧観光が試みられました。使われた船はニシン漁に使われていた木造大型船3隻で、2隻が川面に浮かび1隻は河岸に置かれ,プラスチック製の水色の屋根がかけられ座敷を設けた40人乗り約20畳の広さの屋形船に生まれ変わり、アユ料理やジンギスカンがふるまわれました。 
▲屋形船に改造される船
 また、翌41年には余市川河口からアユ場までを往復する余市遊覧船株式会社が設立されました。同社が購入した遊覧船は0.5トン8人乗りのモーターボート5隻で、「あゆ」、「そよ風」、「夕なぎ」、「朝なぎ」、「さざなみ」と名づけられ、うち2隻が遊覧船として就航、残り3隻は海釣用に利用されました。
 河口からアユ場までの約5kmの河岸に広がる美しい風景を観光客に楽しんでもらおうとする観光遊覧船でした。上りに40分、下りに20分を要し、料金は一人150円で、予約を受けて運行していました。
 

▲余市川をゆく遊覧船

 昭和30〜40年代は余市川の水産資源増大の試みや、遊覧船を使った観光面でのてこ入れに人々の努力が注がれました。また、お盆の時期には数千の灯ろうが流され、かつての河口港のまわりや大川橋には多くの町民が集まって故人を偲びました。
 余市川をめぐる人々の営みや川との結びつきは今よりも強いものでした。また、それは季節を問わないものでもありました。